神戸市東灘区、御影で、昭和の香りの学習塾、 中島ゼミです。
自由と不自由−俳句を詠む
昨夜は、北海道で地震がありました。
被害が出ている皆さまには、お見舞いを申し上げます。 災害の爪跡を見ると、東京や大阪の人口密集地で発生しているとどうなったのか、と肌寒い思いです。
しかし、また人口が少ない、広大な土地での水道、電気、道路などのインフラの復旧工事にかかる時間を考えると暗澹たる思いです。
私どもも、20年前の阪神震災を、思い出すと今でも、眠れない夜があります。
どうぞ、皆さま、お力落としの無いように、焦らず、一歩一歩前に踏み出してください。
自由すぎると、逆に不自由になることがある。
夏休みには、俳句を作って来なさい、という宿題がある。 実際今年の夏も、小学校でありました。
夏の俳句を自由に5句、書いてきなさい、という調子です。
夏のと言っても、季語すら、二三、しか教わっていない。
生徒たちも、五、七、五、と当ててもっていくだけだ。
だいたい、音の数え方さえ知らない。
チューリップなら、
チュ 、ー、リ、ッ、プ で五音。
小さい、 や、ゆ、よ は拗音なので数えない。ぎゃくに長音や促音は一音です。
こんなことも教えないで、よく俳句を詠んでこい!なんて言えるよね。
俳句を詠むことは、散文と違い、五音、七音という制限のなかで、表現することなんです。
そして、いろいろ考えて、五音や七音になると、日本語は声に出して読むと、気持ちよーく、聞こえるんだ!
生徒さんにこれに気づいてもらうのが、教育ということなんです。
私が、昭和の頃の先生方は、こういう指導は本当に上手でした。
夏の季語の一覧をくれるわけです、かき氷、風鈴、花火とか、ある。ゴキブリやヘビもあるよ、へーっ、となる。
七夕、キリギリスは秋の季語なるからダメだ、なんで? とか、子どものことを知ってました。
今でこそ、毎年のことで、定期公演なんで手慣れているんだ、と分かりますが、
その頃の大人たちはよくわきまえて、なるほど、とか言って子どもの又聞きを、感心してくれました。
次回に続く。
台風一過、三ノ宮のソネにジャズを聴きに行った。市章山、錨山も、もう秋の夜、スッキリ見えました。