自由と不自由−俳句を詠む、続

神戸市東灘区、御影で、昭和の香りの学習塾、 中島ゼミです。

自由と不自由−俳句を詠む、続

そして、さらに、先生がおっしゃる俳句作りのルールは続きます。

上五は、季語入りで、四音なら「の」「や」 で整えて五音にしなさい。

中七、下五はまとまりのある内容で、名詞で終わりなさい。

古池や 蛙飛び込む 水の音

五月雨を 集めて早し最上川

こんな感じですね、「蛙」は春ですが。

フォームを示して、それに収めさせると、よい練習になるのです。

上の2句とも芭蕉ですが、意味は5+ 12音でしょ、
12+5とか、5+7+5のバラバラな意味には決してならんでしょ、歌舞伎でも、俳句でも、型から入るんです。

5+12で作ると、やさしく上手にできる。なんて、ちょっと俳句を作った人は誰でも分かっているんです。

そして生徒はみんな、オズオズと、

夕立や 傘を差さずに六甲山

これは六甲山が六音なので、
夕立や 六甲の山 傘は無し に直された。

夏休み ラジオ体操夕涼み

物並べ であるが、一日の始まりと終わりで
関連あり、と合格した。

甲子園 キャッチボールに熱中し

テレビを見て公園でさっそく野球の練習だ。

こんなふざけたのを私たち子どもが、大量生産するのだ。 といっても、フォームにハマっているから言いたい事はわかる。

今の、先生は喜怒哀楽を、俳句に詠むことがないのでしょう。 だから、こんな自由すぎる宿題を出すんです。

型を覚えると、個性の否定だ、などと言う人がいますが、 入門者、初心者には、まだ個性なんて無いんです。

そんな人に「自由にどうぞ」というと空中分解、めちゃくちゃです。ぎゃくに俳句を嫌いになります。

それより、フォーム通りやれば、君たちも、芭蕉のように詠めるよ、とほめてくれると、また、作りたくなるんですね。

昭和の先生は、乗せるのが上手かったですね。

しかしこれも、クラス運営なんです。子どもたちを乗せて、何かに夢中にさせると、ケンカもお喋りもしません。

先生は楽なんです。

夏休みが明けて、ひとり十なり二十句なり、もっていくと、それをガリ版を切って印刷してくれる。

それがクラス全員の分ですから、2日も3日もかかるんだけど、黙って、自習するわけです、われわれは。

匿名で全員の句が印刷されています。 感動です、プリント3、4枚に、細かい字で書いてある。

「誰のや」とか「上手い」とか、各自のベスト10を選び、どこがいいか、ひとりひとり言うわけです。

話を聞いて、もう一度投票して、10等賞から、氏名発表です。

あいつが? とか、ふだんガチャガチャしてるヤツのが一番いいとか、ひとりで2句も入賞とか、思い出しても面白かったです。

そのうちに、夏休み明けの学校に慣れて、テンションが上がって二学期に、自然な流れで入るんですね、

20年も30年も子ども相手にやって居れば、こんなのお茶の子さいさいで、仕掛けは夏休み前からなんですから、計画的で、老獪な教師です。

しかし、手慣れた先生たちは人気もありました、生徒たちも楽なんですよね、こんな先生に持ってもらうと。

阿久悠さんが書いています。

お前さんは、自由だよ、勝手だよ、気儘なんだと言われることは、捨てられたのと同じ気持ちになる。

前後もあるので、読んで見てください、写真を付けておきます。

今になって思うと、俳句大会を計画した先生は、俳句を詠むルール以外にも、決め事を作ってくれました。

それに合わせていくと、クラスにも居場所ができるし、まとまりがいいから、面白かったですね、学校に行くのが。

生徒たちにも、俳句に型があるように、ルールを守れば、友達からも先生からも、捨てられない、という相互信頼があったんでしょうね。

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