なでしこ敗北と佐々木監督と震災

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筆者が佐々木則夫監督の故郷、山形県尾花沢を訪れたのは東北大震災の次の年、2012年の夏のことだ。


阪神地震の被災者のひとりとして、東北の現地をぜひ訪問したいと思っていたところ、W杯優勝、五輪銀メダルの佐々木監督の出身地も近くと知ったからだ。


仙台から南へ、福島原発の汚染表土の引き剥がし作業中の南相馬市にまず行き、
次の日に津波被害の大きかった石巻市、南三陸町をたずねた。

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南三陸町被災庁舎2012年撮影

内陸に入り尾花沢市近くの温泉宿に泊まった。
地元でもすでに有名人で宿の方に多くの話をうかがった。
翌朝、名物のスイカ市でも色々な話題があった。

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宿では夜、山形名物の花笠音頭


尾花沢の人が口々に言うように
「粘り強い東北人の中でもとりわけ頑張る」
佐々木監督自身、W杯優勝の時
「選手たちは粘り強くやってくれた。ちっちゃな娘たちがよくやってくれた」
と述べている。

今年もまた3月11日がやって来る。 
なでしこジャパンの皆さんはもはや「ちっちゃな娘」ではない。

粘って五輪出場枠を獲得し、被災地だけでなく日本に引き続き元気を与えてほしいものだ。